ソウルミュージックのドキュメンタリー映画「永遠のモータウン」

1960年代の洋楽

1960年代の日本の家庭では、テレビと同じようにいつもラジオがかかっていました。学生たちは夕方、学校から帰ってくると、すぐにラジオのヒット・チャート番組を聴きました。Jポップ全盛の今では考えられないが洋楽もラジオからたくさん流れてきました。

モータウンの全盛
テンプテーションズ、フォー・トップス、ジャクソン・ファイヴ

中でもソウルミュージックやブラックミュージックの発信源である「モータウン」が生みだすテンポの良いビートとポップなメロディー、それは“3分間の魔法”でした。シュープリームス、テンプテーションズ、フォー・トップス、ジャクソン・ファイヴ、マーサ&ヴァンデラス、ミラクルズ、マーヴィン・ゲイそしてスティーヴィー・ワンダーなど。書き切れないアーティストが大勢います。

ラジオから「モータウン」の音楽が流れない日はありませんでした。

モータウン・レコード
黒人実業家ベリー・ゴーディ

「モータウン」とは「モータウン・レコード」のこと。米国北部ミシガン州デトロイトで生まれ育った黒人実業家ベリー・ゴーディが1959年、デトロイトに設立したレコード会社。デトロイトという街はアメリカ自動車産業のメッカ“モーター・タウン(車の街)”でした。

伝説の裏方ミュージシャン「ファンク・ブラザーズ」

そこから付けられた名前が「モータウン」。ヒット曲は200曲以上。今でも多くの音楽ファンをひきつける「モータウン・サウンド」ですが、演奏者の名前は誰も知りませんでした。映画「永遠のモータウン」は、そんなモータウン・ヒットを生み出した伝説の裏方ミュージシャン「ファンク・ブラザーズ」にスポット・ライトを当てたドキュメンタリー映画でした。

専属バンド

専属バンドだった彼らは狭いスタジオに押し込められ、来る日も来る日も録音し続けました。誰の伴奏かも知らない時もありました。

天才的ベーシスト、ジェームズ・ジェマーソン

彼らはリーダー格の天才的ベーシスト(本作の主役とも言える)ジェームズ・ジェマーソンを中心に独特のノリで「モータウン・サウンド」を作っていきました。老ミュージシャンたちが喜々として、その手の内を明かしてくれます。新人の歌手にはアドバイスを与え(当時少年だったスティービィー・ワンダー)、彼らはひたすら自動車を作るようにたった13人のメンバーでヒット曲を量産したのでした。

1970年代中期にロサンゼルスに移転

しかし、1970年代中期に「モータウン・レコード」はロサンゼルス(LA)に移転。多くのミュージシャンは職を失い、使い捨てられてしまいます。映画の中盤で彼らは数10年ぶりにかつての職場であった小さなスタジオを訪ねます。ドラムセット、ヒブラフォンなど昔のままです。老ミュージシャンは故郷の古い家を思い出し、慈しむように楽器にふれます。感動的な場面です。

クライマックスは彼らが主役の晴れの舞台。曲と曲の間に呼ばれて次々とメンバーが登場します。何人かのメンバーは大きな顔写真の遺影をいすの上に置きます。最後は「史上最も偉大な天才ベーシスト、ジェームズ・ジェマーソン!」。遺影が光輝きます。

グラミー賞の特別功労賞

本作は音楽を奏でることが人生だった男たちの光と影を描いた名作です。映画が公開された後、彼らにはグラミー賞の特別功労賞が与えられました。